お久しぶりです。
わたくし小学生くらいの頃から今までずっと欲しかったものとして、「友達のいる生活」があります。
って書くとすごく寂しい子みたいだけどw 実際友達が多い子供ではなかった。
正確に言うなら、「自分を大事にしてくれて、存在を認めてくれ、相互に影響を与えられる人がいる」ということと、それ以上に「自分が相手を大事に思える」っていう関係性を他人と築きたいという欲求が、継続的に強くあったように思う。
当時は自分の中でちゃんと言語化できて無かったけど。
一番の問題だったのは、自分が他人の事をそこまで大切だと思え無かったことだった。
自分に共感能力とか他人への興味が欠落してるっていう自覚はわりと小さい頃からあったように思う。
他人と話してたり遊んでても、自分の立ち位置ばかり気にしてしまう事が多かった。
誰と付き合えば面白いと思われるか、安全か、どう振る舞えば受け入れられるか、という事を考える事が多かった。
たまにそれを自覚できるようになると、自己嫌悪というか空しさを感じるようにもなった。
その分、前述の「いい友達」関係みたいなのに憧れが強かった。
いい人間は自分の周りに多分居たんだけど、自分の他人に対する興味とか感性が鈍いから、ずっと満足出来なかった。
小学生か中学生か、時期とかきっかけは忘れたけど、ある時「多くの人に賞賛される孤高の天才になんかなれなくてもいいから、人に囲まれて楽しく暮らせる凡人になりたい」と、強烈に思った時があって、その時の事をいやに鮮明に覚えている。自宅の居間にいて、向かいのダイニングでは親父がビール飲んでた。
で、こないだ大学からの友達数人と遊んで飲んでる時、自分は「多分この人達は俺の事を気にするだろうし、俺が困ったら助けてくれるだろう、で、俺はコイツらが困ったらなんとかしたいし、何してるか興味あるし、人生上手く行けば嬉しい」と、わりと自然に感じていると、ふと思った。
相手がどう思ってるかは知らんけど、自分がそう思えるようになった事は非常にデカい。
こう思えれば、後は割と何でもいい様な気もする。別にどう転んでも、それなりに楽しくやれそう。
どんだけくだらなくても、くだらねぇなーと笑ってくれるヤツがいれば、比較的何しても楽しめる気がするのです。
不思議なもんで、それで逆に、スゴいと思われたいとか、面白がらせたり尊敬させたいとも思える。
金持ちになりたいし貧乏は嫌だし、不健康で肉体的に辛いのも嫌だし、人に認められたいし、それなりに権力を持って自分がしたいことや守りたいものをそうする実行力は欲しいし、欲とか不安はまだ沢山あるけど。
しかし、自分の今までの人生における最大の目標は、いつの間にかある程度達成率が上がってきたように思う。
一番望んでた自己実現は果たされつつあるのかもしれない。まだまだとも思うけど、前ほど空しさは無い。平均より遅れているかもしれないけど。
満足するにはほど遠いし、逆にここで安穏としてたら分かるはずだった人生の楽しみもよくわからず、後から痛い目も見るとは思うんだけど、大目標がいい感じになってきたので、まぁまんざらでもないかもしれない。
そんな事を考えた今日この頃。皆さんご機嫌いかがでしょうか。今度友達が結婚します。